七條 恵子 7月の来日コンサートについて語る

ムジカテミス所属ピアニスト・フォルテピアニストの七條恵子さんに7月の来日公演についてお話を伺いました。今回はフォルテピアノによる初期ベートーヴェンを中心としたコンサートを2回と、スタインウェイによる現代ものコンサートを1回行います。

(コンサートの詳細はこちら)
現代もの・・・7月11日(日)19時 @両国門天ホール・・・http://ms-tms.com/info/shichijo2-jul20152/

フォルテピアノ・・・7月5日(日) 14:30 @西方音楽館木洩れ陽ホール(栃木市)、7月7日(火) 14:00 和光大学ポプリホール鶴川(町田市)・・・http://ms-tms.com/info/shichijo-jul2015/

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≪対談内容≫

1.フォルテピアノと現代音楽
2.今回使用するフォルテピアノについて
3.現代プログラム

*** フォルテピアノと現代音楽 ***

聞き手: 七條さんは今回の一時帰国ツアーでフォルテピアノによるの古典プログラムと現代ピアノによる現代曲のプログラムをなさるとのことですね。まったく違う分野のように思えますが、両方がご専門ということなのでしょうか?

七條: そうです。私にはどちらも重要なレパートリーですし、精進を重ねてきた分野なのです。

聞き手: 七條さんは世界的な古楽の登竜門とされるブリュージュの古楽コンクールでフォルテピアノソロ部門最高位(1位なしの2位)、室内楽部門1位を受賞されるなど、古楽の分野で確固たる実績を残されました。私などは、そのまま古楽の専門家の路線に集中されてもよかったのではなどと思ってしまうのですが、七條さんはその後ベルギーのゲント音楽院に移られて現代音楽を専攻されました。そのあたりの背景をお聞かせください。

七條: ある時、古楽の演奏だけをしていると自分の音楽生活に違和感のような感覚を持つようになりました。フォルテピアノで古楽を演奏する日があれば、次の日には現代ピアノで現代音楽を、という音楽生活をすると、私は肩の力が抜けて音楽と自分とに向き合えるのです。

聞き手: 2015年1月の東京でのコンサートではフォルテピアノからたいへん新鮮な表現を聴かせていただいたように思います。ふたつの分野は七條さんの中で相互に影響しあっているのでしょうか?

七條: 両方のレパートリーをやっている演奏者だから、ということで意識的に何か特別なものを目指しているとは考えていません。それぞれの音楽の中に自分なりの理解を示すことに尽きると思います。

*** 今回使用するフォルテピアノについて ***

聞き手: 今回は七條さんにとってたいへん思い入れのある楽器を使われるそうですが。。

七條: 町田市鶴川のホールと栃木市のホールでは、2004年に43歳で早世された私の恩師小島芳子先生の愛器を使って演奏します。小島先生のご自宅で高校生の時から約4年間この楽器でレッスンを受けてきた思い出の楽器です。小島先生がチェロの鈴木秀美さんとの録音でも使われた大変素晴らしい音色の楽器で、私はこの楽器からほんとうに多くのインスピレーションを受けて来ました。

聞き手: プログラムの前半は幻想曲2曲と月光ソナタですね。。。J.S.バッハの曲をフォルテピアノで演奏することも珍しいと思いますが?

七條: ベートーヴェンの『月光』ソナタも、皆さんご存知のように作曲家が自分でつけたタイトルではなく「幻想曲風ソナタ」が元々の題名ですので、プログラム前半はすべて幻想曲のプログラムだとも言えます。作曲家が自由で多彩な表現を連ねた幻想曲は、私の好きなジャンルの一つです。

フォルテピアノの始祖はJ.S.バッハの活躍した時代よりも少し前に作られましたので、彼は打鍵楽器の存在を多少なりとも意識していたと思いますし、後の時代の音楽家達に与えた影響は大きいと思います。今回の演奏で使う楽器はJ.S.バッハの時代よりも数十年後のものですが、彼の曲がどのように演奏されていたのだろう、というところからインスピレーションを得たプログラムです。

聞き手:後半はベートーヴェンのエロイカ変奏曲ですね。この曲を採り上げられた狙いは?

七條: エロイカ変奏曲はベートーヴェンの曲の中で5オクターブのフォルテピアノで演奏できる最も後期の曲のひとつです。曲想がたいへん豊かなので、5オクターブの楽器で演奏できる、とお話しするとびっくりされる方もいらっしゃいます。

聞き手: 変奏曲でも幻想曲と並んで七條さんの多彩な表現が楽しみです!

七條: 有難うございます。どうぞお楽しみに!

*** 現代プログラム ***

聞き手: 現代曲プログラムでのコンサートは日本で初めて、とお聞きしましたが。

七條: 現代曲はヨーロッパでの私の活動の重要な部分になっていますが、日本では何年か前にプログラムの中でジョン・ケージの曲を弾いただけでした。日本で現代曲だけのコンサートを行なうのは今回が初めてになります。

聞き手: マリア・デ・アルベアルの『愛の苦しみの中で』という長大な作品を演奏されるとのことですが、ヨーロッパでは現代曲のコンサートも多くなさる中で、日本で初めての現代曲プログラムで採り上げる曲は迷われませんでしたか?

七條: いいえ、日本でも現代プログラムをするチャンスを与えてもらえるなら、この曲をまずやろうと心に決めていたので、まったく迷いはありませんでした。

聞き手: 特別な思い入れがあるということですね?どのように出会った曲なのでしょう?

七條: この作曲家さんの、『Asking』という曲にYouTubeで偶然に出会ったのですが、すっかり気に入ってしまい、是非彼女の曲を演奏させて欲しいと作曲家ご本人にメールを書きました。するとすぐにお返事が来てOKになり、大曲6つほどの楽譜を送ってくださいました。それを弾いてみるうちに、彼女のことをもっと知ってみたくなり、ドイツのケルンにあるお住まいまで家族も同伴でお邪魔させてもらいました。それ以来親しくさせていただいています。

聞き手: マリア・デ・アルベアルはスペインの出身だそうですが、ドイツが活動拠点なのでしょうか?どちらの国の作曲家と理解されていますか?

七條: 彼女はスペイン・マドリードで生まれ、ドイツのケルンに住んでいるのです。スペイン風とかドイツ風の音楽か、と言われると、私は彼女の音楽の中にはもっと普遍的なものを感じます。アメリカインディアンの音楽を研究したり民俗的なものにも明るい作曲家ですが、そうした文化的多様性を芸術的に昇華した作風だと思います。昨年にはスペイン政府から名誉ある「最優秀音楽家賞」を受賞しています。

聞き手: 今回採り上げられる『愛の苦しみの中で』という曲は長大な曲だそうですね?聴衆にはどのようなものを伝えたいのでしょう?

七條: 演奏時間は約一時間かかります。従来の音楽の聴き方でこの曲を聴いているとたぶんとても難解で、もしかしたら辛いと感じる方もおられるかもしれません(笑)。聴きに来て下さる方々には、先入観や知識を完全に取り払って音楽に身を委ねながら、自分の「核」の部分を解放して自分と向き合って下さることを希望しますし、お一人おひとりがまったく違った音楽の「旅」をされることになるのではないか、そのように思います。

聞き手: この作曲家はオートマチック・ライティングという作曲の手法を提唱されているそうですが、それはどんなものなのでしょう?言葉からは即興演奏を連想してしまいますが?

七條: オートマチック・ライティングとは「思考から自由になって書く作曲技法」というほどの意味です。特別な意思も方向性もなく、ただあちこち魂の漂うまま、というように書かれています。 マリア・デ・アルベアル氏はこのように述べています。「オートマチック・ライティングは、あらゆる制約や目的意識から解放され、社会からほど遠い、また、一人の人間の感情とはほど遠いところに、自由な空間を作ってくれます。そしてこの自由な空間の中では、人はただ音楽のエネルギーと、「今、この瞬間」を感じ、経験することに 集中し、そうすることが個々のスピリチュアルな経験につながるのです。」

曲の終わりの部分では発想指示のマーキングとして「魂の洗浄の後に」、というようなことも書かれています。

聞き手: 『愛の苦しみ』とは具体的に何なのでしょうか?ストーリーはあるのでしょうか?

七條: 作曲家が示しているストーリーはありません。具体的なイメージを感じながら聴いてくださる方々もいらっしゃるかもしれませんが、音の持つ感覚に身を委ねて自由に何かを感じたり、逆に自分の中の何かを捨ててコンサート会場をあとにしていただくのも宜しいかと思います。

聞き手: どうも長時間にわたって有難うございました。

《聞き手:ムジカテミス 西澤》